GODAKIKAKU
SYNTHESE
-DRAG meets CONTEMPORARY-
2021.1.10.sun
Kyoto Art Center
Documentation
Performance Review
松尾 惠
review vol.2
私の興味は、ダンサーとしての合田有紀と野村香子に対して以上に、ゴーダ企画というマネジメントグループの振る舞いにある。
ゴーダ企画は、よく頑張っていると思う。表現者としての動物的な直感なのか、砂鉄のように、強力な<磁力>に付き従っていく。自分たちのまわりに、無数の砂鉄を吸い寄せながらである。
たとえば、ゴーダ企画を引き寄せる磁力のひとつに、素粒子物理学があり、2018年には実在の学者をステージに上げ、<研究>とパフォーマンスが同時進行する舞台作品をつくっている("Every day is a new beginning")。ゴーダ企画は、機会と場に踏み出す調整をするが、演出をはじめ、表現の核となる部分を他者に委ねる。誰かに委ねるというのは実際にはとても勇気を必要とするが、とつとつとした合田氏の語り口調の中に、その押しと引きは絶妙に混合されていく。このプロジェクトも、国内外のダンス関係者や物理学研究者との関係を深めて進行しているが、ゴーダ企画はときに2人のダンサーとして参加し、振り付け・出演をしながら伴走していくのである。想定外の結果は、ときに大変な苦労を伴うが、未来へと続くのである。
私は、自身が美術の表現者として活動、後にギャラリストに転向したこともあって、表現者としての熱い欲求をベースに、表現力や技術の高みを目指すとともに、ゴーダ企画がコンテンポラリーダンスの社会的意義を探っていることに、たいへん共感している。
今回は、ドラァグクイーンとの衝撃の出会いを長年くすぶらせ、やっと実現したコラボレーションである。合田氏や野村氏は、しばしば「いや〜凄い、ほんまに凄い」と連発するが、たぶんそれは、未知のものと接触した実感であろう。自身に生じる大きな変化や、コンテンポラリーダンスシーンへの揺さぶりになることがわかるのだと思う。ドラァグクイーンの見た目や振る舞いが刺激的なのは間違い無いが、ゴーダ企画は、観察者であると同時に、衝撃を瞬時に身体で受け止め、自身の固有の身体へと転換させ、企画へと昇華させたのだと思う。
さて、"SYNTHESE-DRAG meets CONTEMPORARY-"の観客は、レビューショーでもダンス公演でもない不思議な体験をしただろうと思う。ゴーダ企画は、「"SYNTHESE"とは、論理学においてテーゼ(正)とアンチテーゼ(反)を統一して矛盾を解決し調停する意味を持ち、2 つの要素がひとつのまとまった調和した視覚的効果を生むことを指す」を目指した。が、実際には、ドラァグクイーンとダンサーが互いに相手がいることによって収集のつかなくなったステージである。想定外のほころびは、反発し続けて、次第に熱の塊になっていった。それは、皮肉にも、未知の、もしかすると宇宙的な<まとまり方>だった。1年以上もかけ、新しい振り付け、演出、その他にも用意周到な公演にもかかわらず、ほころびを許容したステージなのだ。観客を良くも悪くも翻弄し、破壊的で、星の誕生と消滅のようですらあった。
予定調和の結末へと誘導されず放置される観客、企画者としての情熱や欲求の燃やし方、演出家や出演者その他のそれぞれの直感の行方など、見どころ・感じどころが満載のステージだった。成功だったのだ。
また、どのような場であれ自分の外に向かって開かれていくダンサーの身体、全力で70分を走りきったさまには、クギ付けであった。「いや〜凄い、ほんまに凄い」。見終わって、そのひとことがあれば、未知の表現という領域は、いくらでも拡大されていくと思う。
松尾惠
京都市立芸術大学卒業後、作家活動を経て、ヴォイスギャラリー設立。隣人であったダムタイプや故・遠藤壽美子氏の無門館を通じて、演劇、ダンスなどの舞台芸術の魅力を知る。ギャラリー空間でも、パフォーミングアート、舞踏、コンテンポラリーダンスの小規模公演を行ってきた。
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